逃避の小次郎

ぼやけた視界に小さな交差点が
うつっている


おや?交差点の向こうで真っ黒い歯を見せてにやりとしている男が、おれに手招きしている


こっちこっち、 と言っているようだ
おれは交差点の青信号を確認しないで渡ろうとする
そいつはおれが自分のほうに来るのをずっと待ってるみたいだ


なぜか、こいつとは前から知り合いなのでは?と思って、思わず笑って小走りに、「よう」と言っている自分がいる。


あっち行こうぜ
いいもん見せてあげたいんだ
おれについて来いよ、絶対おまえ
気に入るぜ


そいつが見ず知らずのおれに
あまりにも親しげに話すもんだから
おれもつい友達だと思ってしまう


けどこいつ、これから歯医者じゃねーのか?
確か2時から近所の歯医者予約しているはず、って、なんでおれはこいつの予定を把握しているんだろう。


来いよ、ぜってーおもしろいから


「おまえ、これから歯医者だろう?
しかも、金も診察券ももって無いじゃないか、いいのか?いったん家戻るのか?時間ねーぞ、今13:40分だからそろそろ、、」


とまあ、おれの現実的な心配をよそにそいつはおれの手を引っ張りながら歩く


おれもま、いっか、となぜか急に
楽しいことが起こる予感がして
そいつと歩いていた


こいつは小次郎だ
なんか、ふと浮かんできた
こじろう、という響きはなんだか
やんちゃでも許されてしまうような
要領の良い人物を想像させる


小次郎、おまえどこまで行くんだ?
歯医者はいいのか?
先生おまえの黒い歯を早く削りたがっているはずだ


小次郎はおかまいなしにおれを
引っ張って面白いもん見せてやるって聞かない


おれもじつはさ、こじろう
これから家に帰らないといけないんだよ まだ着かないのかい?


おまえさ、もういい大人なんだろう?30ぐらいに見えるぞ
後先考えずに行動すんのやめろよ


すると小次郎は急におれの方みて
「歯医者は実はもう済んだんだ」
といってにやりと笑った


ほら、みろよ
ここが、秘密基地だぜ
森の中にみえて
実はここはおれが作ったセットなんだ


そこにはドアーがいくつもあって
しかも背景が森のセットだ
それもそのはず、なんだか大きな頑丈な白い紙のような素材のものに、木の緑がペンかなにかで雑にぬられている


おまえを、つれてきたくてさ。
おまえ、家に帰らなきゃって言っているけどみろよ、ここのドアー開けると、おまえんとこの家だぜ?
と、小次郎はドアーを開けて確認させる


おれは思わず、すげえ!って叫んで
小次郎のことを見直した


もう帰るのか?そこおまえの家だぜ
目の前にあるんなら、もう少しあそんでってもいいだろう?


小次郎は、なんだかあせった様子でおれを引きとめようとした


ああ、あとほんの少しな。
ほんとだぜ?
おれは家に帰ってでかける支度をしなくてはいけないんだ


おれがそう話すと、小次郎はそれから
一度も言葉を発しない


おれは、なぜ小次郎という人物と一緒にいるのかよくわからなかったが、どうやら夢を見ているのではと思った


小次郎とはそれからただ歩いたり、とまったり、ただ一緒にいるだけだった


その時とつぜん、ふっと目が覚めた

やはり、夢をみていたようだ
なかなか面白かったが、なんてどうでもよい夢だったのだろう


おれは時計の針が2時をさそうとしているのに気がついた


そうだ、おれは2時から歯医者を予約していて、工作の宿題の途中、眠ってしまっていたんだ。
せっかくの土曜日が台無しさ


トントン、部屋のドアーをたたくおとがした
「また寝てたの??
さっきから何度も起こしに行ったのに
もう14時じゃない 先生怒るわよ
ほら、送ってあげるから早く支度しなさい」


母さんに連れられて、おれは歯医者へと向かった


小次郎の真っ黒い歯に比べたら、
おれの虫歯なんて大したことないけど。
と、そんなことをふと思った